アジア地域のEHS規制動向――中国、韓国、インドに見る企業責任の強化
過去10年を振り返ると、環境安全衛生(EHS)は世界的に進展し、強化されてきました。特に近年は、アジアや中南米でのEHS法令の整備が急速に進んでいます。
過去10年を振り返ると、環境安全衛生(EHS)は世界的に進展し、強化されてきました。特に近年は、アジアや中南米でのEHS法令の整備が急速に進んでいます。欧米や日本の基準で管理していればアジアの拠点は問題ないという時代は過ぎ去りました。アジアでは、世界で最も厳しい基準を設ける国も出現しています。本稿では、アジアの主要国である中国、インド、韓国での最近の特徴的な3つの動向―気候変動、生産の安全規制、環境情報の開示―についてお伝えします。
気候変動への対応
社会経済情報のグローバル化に伴い、EHS規制は、世界的に整合してきています。これは環境安全面での国際条約、例えば化学物質管理におけるストックホルム条約や水俣条約等がけん引の一端を担っていると考えられます。その点で、特に顕著なのは、気候変動の分野です。昨年のCOP26を受け、各国は温室効果ガス排出に関し、ネットゼロを目指す取り組みが開始しています。
アジア諸国でも正式にネットゼロを政策として打ち出す国が増加しています。カーボンニュートラルを法制化しているアジアの国は日本と韓国です。この2カ国は、 2050年までにカーボンニュートラルを達成する目標を設定しました。一方、中国とインドは、それぞれ2060年と2070年までにカーボンニュートラル目標を設定しています。
排出量取引については、欧州EU ETS(欧州域内排出量取引制度)、米国のRGGI(地域温室効果ガスイニシアティブ)の歴史が古いですが、中国でも2010年代からモデル事業が開始されており、昨年法制化されました。中国の炭素排出権取引管理方法が2021年2月1日に施行され、排出権の割り当て、登録、取引、及び温室効果ガスの排出報告や査察を含む、国内の炭素排出権取引及び関連活動に対する監督措置を定めています。2021年に取引制度に2,000以上の発電所を含めることにより、炭素取引市場を拡大してきました。本制度は、現在、温室効果ガスの年間排出量がCO2換算で26,000トン以上の発電事業者だけを対象としていますが、将来、化学、建築材料などの産業もカバーされる予定です。
なお、韓国では、2015年から炭素取引を導入しています。アジアの他の国、例えばインドネシア、ベトナム、タイ、日本などでも、炭素排出量取引市場の設立が検討されています。
グローバル企業は、このような排出量取引制度をうまく活用し、CO2排出の課題に対応することが望まれます。
生産の安全性に対する企業責任
建設、港湾や生産現場での重大事故を教訓として、各国で労働安全衛生規制が発展してきました。しかしながら、死傷を伴う労働災害は後を絶たないのが現状です。中国、韓国ではこの状況を改善するため、規制の強化に乗り出しました。
まず中国では、負傷や死亡を伴う多くの生産現場での事故は、企業の安全管理に対する過失が原因となることが大半ですが、事業主はしばしば法的責任を免れてきました。これを問題視した当局は企業の管理レベルを引き上げるため、安全生産法を改正し、2021年9月1日に施行しました。今回の改正では、安全生産を円滑に推進するのはもはや1つの部門または個人の責任ではなく、全従業員の協力の結果であることを強調しています。過失で事故が発生した場合、責任者及び個人両方がより重い罰則や懲役が科されます。
一方韓国では、重大事故処罰法が、2022年1月27日に発効しました。韓国は過去数年間、アルゴンガスによる窒息、発電所の火災事故、倉庫建設現場の火災、加湿器殺菌剤事件など、複数の重大な労働災害を経験しました。今回施行された重大事故処罰法は、このような重大な事故の責任を事業主と経営幹部に負わせることを法的に明確にしました。法的要件を違反して「重大な事故」をもたらした責任を最高意思決定者に課すことにより、作業及び事業場の安全性を強化して企業レベルの変革を促すことを目的としています。ただし、本法違反を防止するため、細心の注意を払い管理システムを確立している場合は、責任を問われない可能性もある点に注目すべきです。本法に基づき、事業主は例えば、重大事故防止のための責任者の任命及び予算の割り当てなどの安全衛生管理システムを確立しなければなりません。また、重大事故の再発を防止するための措置も定め、実施する必要があります。
CSR・環境データの強制開示
最後の動向として、CSRや環境データの開示を取り上げます。グローバル企業は、サステナビリティレポートや統合レポートなどで、長い間自社のCSRの取組や環境データを自主的に公表してきました。ここ数年、そういった情報の開示が、欧州非財務情報開示指令やコーポレートサステナビリティ報告指令などを皮切りとして法で義務付けられるようになってきています。インド、中国ではこの流れをさらに推し進める動きがあります。
インドは、2013年会社法に基づき、CSR活動義務を法制化し、CSRイニシアティブの報告を強制する最初の国となりました。この法律は、大規模で収益性の高い企業にCSR貢献を義務付けています。その後、この会社法と2014年の企業の社会的責任に関する方針という規則によって、企業にCSR委員会の設置、企業のCSR方針(実施するプログラムやプロジェクトを含む)を自社のウェブサイトに表示するなどを義務付けるようになりました。昨年、インドはこの方向をさらに進め、方針の改正規則を施行しました。この改正では、CSR活動の透明性と柔軟性を高め、特定の企業に純利益の2%をCSRイニシアティブ に投資するよう義務付けています。支出しなかった場合、罰則が適用されます。企業のレポーティングに関しては、取締役会報告または貸借対照表にCSRに関する年次報告を含めなければなりません。外国企業の場合、貸借対照表にはCSRに関する年次報告書を含める必要があります。さらに、企業の取締役会は、自社のCSR方針及びプロジェクト、ならびにCSR委員会の構成をウェブサイトで一般に公開しなければなりません。
続いて中国ですが、中国は、現在環境情報の開示においておそらく最も厳しい国です。急速な環境悪化により高度経済成長を遂げた中国では、近年、環境当局が、中国における1万5000を超える主な汚染物排出者からの汚染データの「リアルタイム」開示を義務付ける規則を公布しました。2021年5月には“環境情報の法的な開示制度の改革計画”を公布し、 計画を実施するため、新しい開示規則を2022年2月8日に公表しました。この規則は、中国の最初の強制的な環境情報報告制度として、国内事業者に一連の環境情報を毎年開示することを義務付けています。
開示規則にもとづいて制定された企業環境情報開示様式基準は、情報開示の内容を定め、標準化された様式を規定しています。 開示しなければならない情報は、環境許可、公害防止管理施設に関する全情報、環境保護税、環境パフォーマンスデータ、環境汚染責任保険、緊急対応計画、環境法令違反に対する罰則・罰金など多岐にわたり、詳細に規定されています。
グローバル企業に求められる対応
アジア地域では、EHS規制はグローバルな傾向に整合して、年々厳格化し複雑化しています。また、査察や罰則が厳格化し、施行も強化されてきています。企業のEHSパフォーマンスに対する認知度は消費者や投資家の間で高まり、ESGの重要課題として取り上げられるようになっています。顕著なのは、これまでサステナビリティレポート等で任意に開示していたEHSやCSR情報の開示が、中国やインドで見たように法的義務となりつつあります。このような流れは今後も拡大することが予想されます。
グローバル企業はこれまで以上に、より確固としたコミットメント、説明責任、透明性が求められるようになっています。自社に適用される法令の把握と順守は最低限必要ですが、企業グループとして、すべての拠点でマネジメントシステムなどの管理プログラムを立ち上げ、本社で監視・監督できる体制とし、情報開示に向けたデータの蓄積を推進していくことが求められます。