インドで労働者のニーズに合わせ労働法を改正

全面的な見直しが図られているインドの労働安全衛生法。より多くの規定が適用開始され、グローバル企業ではサプライチェーンに対する今後の影響が注目されます

by Sunita Paudyal

*本記事は、2021年9月発行英語レポートの抄訳

インドでは、長年強く求められていた労働安全衛生関連規則の近代化が進められようとしています。今回の改正では、旧来の法律が排除され、新しい労働安全衛生法に統合されました。2020年の統計によれば、インドの労働者数は5億人を超えています。しかしながら、世界最大級の労働人口に対応するには、現行の労働安全衛生法ではあまりにも不十分です。経済や技術の発展に歩調を合わせ、ビジネス環境の整備を促進するため、インドでは労働法の刷新が求められてきました。以下、現行の法律に欠如している点は何か、新しい規則に期待される点は何かをみていきたいと思います。

インドの現行労働法とその安全面の問題

現在、インドの労働安全に関する法令では、工場、建設、鉱業および港湾の4つの産業部門の労働者のみが保護の対象とされています。一部の州では、オフィスワーカーと倉庫労働者を対象として健康・福祉関連の基本的な規則が定められていますが、ほとんどの場合、そもそもこれら職種の従業員は健康・福祉関連規則を定めるインドの雇用法の対象とされていません。

さらに、対象となる労働者に関しても、保護する法律の内容は概して十分とはいえません。法律はめったに改正されず、強制力も弱く、テクノロジーの進化や、労働力、人口構成、環境などの変化によって生じる新たな課題に対処できていません。既存の法律では、メーカーやサプライヤーに対し、安全でリスクのない製品を職場に提供するための要件が課されていないために、リスクが増大しています。さらに、現行法の規定は、限られた業界の中の、さらに一部の労働者にしか適用されていません。例えば、工場と建設に関する法律では、健康診断は危険を伴う工程や危険な作業に従事する労働者のみに義務付けられ、残りの労働者はその対象から除外されています。

法令順守を混乱させる法律の多さ

インドには、労働分野において13の既存の国内法と13のその他の規則が存在し、そのために、企業の法令順守の負担が増しています。たとえば、企業はこれら多数の法律に基づき、登録、年次報告書の提出および許認可の取得を個々に行う必要があります。そのために、紛らわしく、結果的に実効性のない手続きが生じます。

さらに拍車をかけているのが言語の問題です。労働者が教育を受けていないことと、地域言語――その数は非常に多いのですが――による適切な教育支援が欠如していることが相まって、理解不足を招き、

そのことが健康と安全を守る手順を順守できない状況を生んでいます。同様に、様々な施設では労働安全衛生上の危険や事故の発生率が高くなっています。

より少数の法律による、より多数の労働者保護を目指して

上述の問題および他の諸問題に対処するため、インドでは、労働安全衛生法(以下「労安法」)が提案された2018年に、労働法の改正に取り組み始めました。その結果、2020年に労安法が採択されました。それに加えて、同年に労働安全衛生に関する規則案(以下「規則案」)が公聴会にかけられました。2021年4月に発効するものと予測されていましたが、これらの改正の実施は、現在のところ確認されていません。

この労安法と規則案はいずれも、既存の13の国内法と13の規則を統合することを目的としています。また、各州においても、地域独自の法律に対して同様の措置を講じることが必要になるでしょう。これは「少ない方が実りは多い」という考え方であり、確実に施行される、従いやすい法律によって、よりシンプルに安全確保を目指すものです。このインドの改正労安法は多くの変更を明示しており、とりわけ重要な点は、新法が、10人以上の労働者を雇用する職場であれば、産業、貿易、商業を含むあらゆる領域の職業に対して適用されることです。

さらに、インドでは初となる全国および州の労働安全衛生諮問会議(OSHAB)が設置されます。OSHABは、基準、規制および付則を策定、実施するとともに、労働安全衛生関連の政策とプログラムを発行します。予想される変更のうち、企業に関するものとしては、個人用保護具、衛生管理士および閉鎖空間など、いくつかの労働安全衛生項目に対する新たな技術的安全規定の導入が期待されています。

順守は容易に、施行は確実に

インドの改正労安法は、さらに、規則が不必要に複数存在することによる事業者の負担、つまり企業の重複する取組みを結果として最小化します。新しい労安法と規則案の規定に基づくと、企業は許認可や登録を個々に取得する必要がなくなります。それだけでなく、個別に年次報告書を提出する必要もありません。

さらに、インドでは、一般の人々が行政サービスを電子的に受けられるようにするための取り組みが開始されました。これには、申請手続、許認可取得や登録の更新といった作業のデジタル化が含まれます。社会に対する透明性の確保は、オンラインでの文書作成と記録管理により多くのプロセスが合理化されるばかりでなく、企業にとってもプラスの要因となります。

ただし、ビジネスのしやすさは、より厳格な法律の執行に加え、法令違反に対するより強い罰則を伴います。たとえば、会社が労安法を遵守しなかったことにより労働者が死亡した場合、責任者は最長2年間の懲役もしくは約6,700米ドルの罰金のいずれか、またはその両方を科せられます。

インド国外の企業に対しても大きな影響

今回初めて、インドの労働法が国外の企業に直接適用されます。すなわち、インドの職場における製品の安全性を確保するため、労働法によって、機械や化学薬品を含む製品のメーカー、設計者、輸入業者および供給業者に対し、製品の安全性の保証を義務付けるものです。これは危険を最小化できる優れた方法ですが、多国籍企業は自社の経営に対する、このようなインド規制の波及効果に備える必要があります

インドの改正労安法の次段階およびその先

本法の施行日は未だ不明確ですが、地方の司法管轄区域ではすでに近代化の動きがみられます。労安法の近い将来の施行を期待して、いくつかの州ではすでに公聴会にかける規則案を公布しました。これらの規則は、今後施行されるインドの改正労安法よりもさらに厳しい内容となる可能性があります。自社がインド国内で事業を経営している、あるいはインドの企業と提携している場合、これらの大規模な変化(他の環境・労働安全衛生分野について予測される変化も含む)が会社のサプライチェーンにどのように影響するかについては、今後も当サイトの記事をご覧ください