化学物質安全規則――インドのREACH規制強化

インドではREACHに類似した規則の整備が完了目前世界中の企業が対応を必要とされる

by Sunita Paudyal

*本記事は、2021年10月発行英語レポートの抄訳

 

新たな化学物質安全規則により、インドの化学物質規制は、他の地域における規制に比肩するものとなります(このことによりインドのグローバル市場における地位は確実に強化されるでしょう)。しかし、リスクの低減は、企業にとっては新たな試練を意味します。インドでは、規制強化を目指して、EUのREACHに類似する規則の制定にほぼ10年の歳月を費やし、5つの草案が提出され、何度も延期を重ねてきましたが、いよいよ同規則の施行日が近づいています。施行日を迎える前に、多国籍企業は、今後求められる要件に対応できるよう備えるとともに、この規則がバリューチェーン全体にどのように影響するかを把握しておかなければなりません。

新たな化学物質安全規則制定の背景

化学産業におけるイノベーションは、市場に新たな機会を生み出す一方、環境保全上、新たな障壁をもたらすことがあります。人の健康と環境を保護するためには、変化するニーズに合わせて規制の要件を更新する必要があり、とりわけ、急速な進化と成長を遂げているインドの市場にとっては重要です。インドはインドブランドエクイティ財団(IBEF)により、世界で6番目の化学物質生産国にランクされ、さらに成長の一途をたどっています。

IBEFは、2019年にインドの化学産業の売上高が1,780億米ドルに達したと発表し、2025年までにそのほぼ2倍の3,040億米ドルになるものと予測しています。一方で、インドの化学物質規制の緩慢な歩みは、市場の急速な成長ペースに追いついていませんでした。そこで開発されたのが「化学物質(管理および安全)関連規則」の草案です。以下、「化学物質安全規則」と略称します。

インドでは、化学物質関連の法律を刷新するための取り組みとして、再三の期間延長を経た結果(2014年以来、長きにわたり度々の修正を重ねながら)、2020年に化学物質安全規則の5番目の草案が発表されました。まだ草案の段階とはいえ、この新規則は、インドの既存の限定的な化学物質規制と、ヨーロッパ等他の地域におけるより包括的な規制とのギャップを埋めるものです。

――何が変わるのか:REACHに近づく新たな化学物質安全規則

インドで現在行われている多くのEHS規制の整備にはテーマがあります。労働法の改正がより安全な職場を目指し、環境法の改正がより安全な世界を目指しているのと同様に、化学物質安全規則の刷新によって、化学物質に起因するリスクの低減を目指しています。この目標は、より「reach(範囲)」の広い規制―つまりREACH「R(Registration):登録」「E(Evaluation):評価」「A(Authorisation):認可」「CH(Restriction of Chemicals):化学物質の制限」にわたる規制を通じ、達成が期待されています。

化学物質に関するインドの現行規制は、ユーザーレベルに規制の重点を置くものであり、EUのREACH規則のような広範囲にわたる管理がなされていません。そこでインドは、このEUの規制枠組みと同水準にするため、化学品安全の範囲を拡大し、製造時からの要件を含めました。これは製造というより初期の段階に対して規制が施行されるとともに、規制当局が設置されることを意味します。

新たな法的要件の設定と政府機関の設置

化学物質安全規則草案では、企業にインベントリーの作成が求められ、製造業者と輸入業者の両方に対し、化学物質の健康安全関連情報を主管当局に提供することが義務付けられています。新しい規制には、届出、登録、制限、禁止、梱包および表示に関する要件が含まれ、インド国内で製造、輸入、市場での販売が行われている、または販売を予定されている物質および混合物(それらの中間体を含む)に適用されます。

さらに企業は、製造量または輸入量が年間1トンを超える全ての既存物質について、化学物質規制局に届出を行わなければなりません。この届出義務は、規則施行の1年目から開始され、届出期間内(最初の6ヶ月間)に行う必要があります(現在、施行日は未確定です)。初期届出期間後に市場に導入される新規物質については、企業は、それらの物質をインド国内で販売する少なくとも90日前に、届出手続きを完了する必要があります。また、企業は、届出を行った物質に関する情報(販売総量など)を、毎年1月31日までに更新する必要があります。

届出要件に加え、表示に関する要件も新たに設けられています。EUのREACH規則と一致させるため、化学物質安全規則は、「化学品の分類および表示に関する世界調和システム(GHS)」ガイドラインの改訂8版に基づくラベル表示を要件としています。これには、包装、化学的安全性、事故対策に関する追加規定と、非届出物質の使用に関する要件が含まれます。

これらの義務に加え、本規則では、化学物質の製造と販売を管理する複数の政府機関の設置も定めており、その1つとして、欧州化学物質庁(ECHA)に相当するインド国立化学物質庁(INCA)が挙げられます。さらに、科学委員会、リスク評価委員会、化学物質規制委員会、ならびに規則に基づく規定を監督、実施する専門部署の設置が計画されています。

法令に基づく登録手続きの準備が必要

新たな規則では、インド国内で別表Ⅱに記載された優先取組物質(またはその中間体)を年間1トン超販売する製造業者および輸入業者は、それらの物質を登録する必要があります。登録期限は、別表のリストに記載されてから1年半以内です。

登録には時間を要します。企業は、その化学物質のあらゆる側面と研究を含めた技術文書、化学物質安全性報告書、およびEUのREACH規則と同様のばく露シナリオを提出する必要があります。提出された技術文書は、科学委員会とリスク評価委員会による詳細な評価を受けます。

インドはまた、登録物質を評価、特定、指定するための新しいメカニズムを確立します。このメカニズムを通じて、規制当局は、人的および環境的安全に対するリスクのレベルに基づき、優先有害物質の禁止または制限基準を策定します。制限物質の使用には許可が必要であり、追加の安全要件が課せられます。

さらに、次の点にも注意が必要です。インドの市場で操業する外国の製造業者の場合、この登録手続きには、インドを拠点とする認定代理人(AR)を任命する必要があります。REACH規則の枠組みにおける「唯一の代理人(OR)」と同様、ARは、インド国籍以外の企業が、インド企業および消費者と協調する架け橋となります。自身の会社が代理人を任命した場合のみ、化学物質安全規則に基づく登録手続きを行うことができます。

企業が受ける影響、罰金および将来的インパクト

新たな化学物質安全規則が企業にもたらす最大の影響の1つは、コンプライアンス違反に対する罰金です。インドで操業する場合も製品をインド市場で販売する場合も、これら最新の化学物質規制に違反すれば、1日あたり最高680米ドルもの罰金(金額は市場で販売した化学品の量と法令違反の期間の長さによります)が科せられる可能性があることに注意しなければなりません。

しかし、インドで操業または販売を行う企業に影響する、さらに大きな変化は他にもあります。化学物質管理法を世界基準に合わせることにより、インドは世界のバリューチェーンにおいて現在よりも良い位置に立つことができます。より多くの市場のニーズに適合することは、比較優位性がより高いことを意味します。短期的にみれば、インドの化学企業には、現在の貿易摩擦によって生まれたチャンスを利用できる可能性があります。長期的な視点からいえば、新しい化学物質安全規則は、それを遵守する企業のサステナビリティを高め、株主価値を保証することができます。この広範な影響をどのように広がるかにかかわらず、インドにおける化学物質規制の変化が、世界中のビジネスの展望を変えることは明らかです。

化学物質安全規則により拡大された規制に備える必要性

インドでまもなく施行される化学物質安全規則の影響を予測してきましたが、これらの新しい規制の重要な部分は未だに見えておらず、多くの手続き上、実務上の疑問には答えが出せていません。例えば、コンプライアンスに役立つITツールやガイドラインはあるのか(特に厳格で時間のかかる登録手続きに関するものはあるのか)、登録申請書を共同で提出するにはどのようにすればよいか、そもそも、これらの規則が実際に発効するのはいつなのかなど疑問点は残されたままです。

一方で企業は、2021年後半ないし2022年初頭と予想される規則の導入時期を見据え、自主的に今から備えることは可能です。新たな規制要件を現在の手続きと比較し、運用方法が異なる部分を特定してみてください。重要な登録と届出の期限に注意し、それらがサプライチェーンのタイムラインのどこに該当するかに注意しておかなくてはなりません。さらに、化学技術文書の作成を一足先に開始することにより、今後の登録手続きに備えられます。とりわけ、世界中のこうした重要規制の改正に関する最新情報に引き続き注目することにより、今後の動向の中で自身の会社を優位に立たせることができます。